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  今暫くお待ちください  
 
日程 : 未 定
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未 定  
 
 
「カバラ入門1日コース」
 
カバラの誕生から現在に至るまでの歴史的変遷、及び“トレドの伝統カバラ”の基本的概念を学びます。
また今回は特別に「ユダヤ人大富豪の教え」と題して、私が直接ユダヤ人のとある大富豪より伝えられた「秘密」もお伝えする予定です。
 
 
日程 : 2013年12月29日(日)
時間 : 11:00~18:00
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : \8000.-
 
※講座終了後イスラエル料理店にて懇親会を予定(任意参加)
 
 
 
 
 
 
第一期:「エノクの会」開催要綱
 
※「エノクの会」に於けるカバラの学習内容は、マギー・ホワイトヘッド女史の「トータル・カバラ・コース」の解説から、シモン・ハレヴィ師の著述及び講演会、ワークショップの解説を中心としたものに変更致しました。
 
日程 : 調整中
時間 : 調整中
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未定
 
 
 
 

 

 
 
 
 
カバラ : 生命の木
        生命の木

カバラとは

カバラ 楽園追放 ラツィエル アダムとエバ
           楽園追放
「神」は、アダムがエデンを追放されたのち、アダムに同情して大天使ラツィエルを遣わしたという。この名は「神の秘密」を意味する。ラツィエルはアダムに一冊の本を与え、「楽園」に再び入ることだけではなく、彼が「神のかたち」として「神の顔」を映す存在の鏡を見るものだということを思い出せるようにした。この本は後世に伝えられるうちに意味が変化し、さまざまな異本からは、その真実をうかがえない。その口伝だけが、まだカバラの中に存在しているのである。
 

 

カバラとは、ユダヤ教の内的かつ神秘的な側面である。すなわち、「神」の「属性」、宇宙の本性、人間の運命をユダヤ教の用語で語った不滅の教義である。その秘密は「神」から天啓によって授かったものだが、それ以来、数千年の長きにわたって慎重に受け継がれ、今に至っている。この伝統は、時代によって神話的、形而上学的体制を変え、異なった地域と時代の、霊的、文化的受容に合致するよう変遷を遂げてきた。長い、しかも広く行きわたった歴史を持つカバラには、実在に関する目を見張らんばかりの豊富で変化に富んだ図像が無数にある。それは、この道に通じていない人の目から見れば、奇妙奇天烈、さっぱり訳のわからないものと云うことになり、ときには矛盾に満ち、背徳的にさえ映るのである。

- by Z'ev ben Shimon Halevi -

 

人間は、上は天にあるもの、下は地にあるもの一切を含んでいる。地上的存在であると同様、天上的存在なのである。このためにこそ、「最古のもの」は「人間」を、「神」の「神的顕現」として選んだ。アダムが存在する以前は、如何なる世界も存在し得なかった。人間の形は万物を含んでおり、万物はそのおかげで存在しているのである。

- from The ZOHAR -

 

私たちそれぞれの内部には、エデンの園から追放され、回復を必要としているアダムのような存在がどこかに宿っているのだ。カバラの思想の目的は、死すべき人間という媒体の内部に聖なる人間を回復させることである。私たちはその実験所であり、そこの空間で働く実働者なのだ。それは、つまり、人間とその人間の精神的半身の間に親密な関係が存在するという謂われである。この関係の秘密は、セフィロトの中にこそ発見されるであろう。もしも人間が、セフィロトからぶら下がった糸と人間自身の存在の糸を結びつける方法を修得できるならば、また、頭蓋の基底に口を開いた通路を発見できるならば、追放からの回復作業にとりかかることができるであろう。

- by Charles Ponce -

 

カバラは、古典的な(廃れた)ものではなく、生きた伝統であることを常に意図した、男性のみを対象とする排他的な研究であった。カバラは、人々が本を手にしたり、劇場を訪れる遥か昔、聖人(男性、女性いずれも)の出現が待ち望まれていた、そういった時代の間に始まった。何故なら聖人は、生命、宇宙、そして神の本質といった問いに答えることができたのだから。

 

  それがカバラ(“受け取られた伝統”の意)として知られるずっと以前、カバラを教えた人々は「知っている人々」として知られていた。彼らは、カバラを人生(生命)の本質を理解したいと願う全ての人々に継承したが、それが世界中で数少ない一神教の伝統のひとつであった時代からキリスト教が世間に普及するまで、彼らの大半はユダヤ教の内に活動していた。カバラは伝統的に、ユダヤ教の隠された神秘的側面であると信じられているが、それは全ての既知の宗教に先立つものである。

 人間の知識と経験が成長したことにより、それぞれの世代に於いて変容が可能となる生きた伝統である為に、カバラは常時ふたつの特定のデザインを用いた:“生命の木”と“ヤコブの梯子”である。伝統に於いてこれらのデザインを使用することは、外の世界がどのように変化しようともカバラの核心は変わらないことを意味する。研究者は、彼らが未だ正しい生き方をしていることを保証する為に、常にそれらを比較しチェックすることができたのである。

カバラは、タロット、占星術、及びチャクラなど外見上は異なるシステムと同様に、全世界の宗教の隠された教えの内に見いだすことが出来るにもかかわらず、そこには普遍的叡智についての共通のテーマが貫かれている。これは、それが本質的に宗教ではなく、人生の基盤を理解する手段であることによるものである。

 カバラの教えは、輪廻 -完全なる喜びを成就する為に、我々全員が異なる世を生きると云う考え- を包含している。この教義は、ユダヤ教とキリスト教の隠された、神秘主義信仰に於いて常に認識されていた。それは、魂がそれを通じて動物、昆虫、あるいは植物になり得ると云う、仏教徒が考える転生と同じものではない。カバリストにとってこの考えは宇宙に於ける自然の法則に反しており、その法則に従うと、それぞれ個々の種はそれ自体を完全なるものにしようと試みる。しかしながら、動物の元型は人類の中に認識されており、そして人は職場の奴隷としてアリ同様 -または、彼または彼女の縄張りを統治するライオン同様- の人生を送るかもしれない。

 

いったい、カバラとは何なのか?

 カバラには、個人的成長の道と、どのように宇宙が働くかを知覚する為の方法との双方がある。カバラは、神、宇宙、そして人間との間の関係性、及び個々の人間の魂が持つ運命について説明することを目的とする。

 カバラは形式よりもむしろ、研究、成長、信念、そして自己実現の為の構造を提供する。構造とは骨組みのようなものである。骨組みは、人類の成長と発達を支援するためにそこに存在するが、それは皮膚、髪、目の色、または人間の性格を決定づけるものではない。人間は骨組みなしでは成長することは不可能だが、その骨組みの支援によって人間は、人間に対する適切なあらゆる方法に於いて発達することが可能である。

 15世紀に於ける印刷機発明の後、多くの複雑で難解なカバラに関する本が出版された。

しかしながら真実のカバラは、魂の学校として知られているグループを介した口伝によって地下に潜入して継続されており、如何なる信仰に於いても真剣な悟りの求道者に対してはその門を常時開いていた。12世紀のスペインのトレドを例にとると、ユダヤ人、キリスト教徒、及びイスラム教徒が共にカバラの研究をしていた。

 長年にわたってカバラにより受け入れられた多様な概念は、時々矛盾が生じたり、曖昧であったり、ばかばかしく複雑で、不可解にさえ見えることを意味する。

 それぞれのシステムはそれ自身に依存しているにもかかわらず一緒に使用されており、その異なる解釈は初心者が理解するにはあまりにも複雑すぎる。宇宙の働きについての知識は大いなる力を授与することが出来る為、昔から師の側がこの複雑さを意図する場合があった。しかしカバラを理解することは、深い関与をも必要とする。「お手軽」を望むうわべだけの求道者は、多大な時間がかかり、言語的且つ数学的な知識を必要とするように見えるこのシステムによってたやすく意欲をそがれてしまうことになる。

 国際的に知られているカバラ・センターが注目を浴びるまで、伝統は既婚で40歳を超えていてヘブライ語を読むことが出来る正統派ユダヤ人男性にのみ有効であると主に信じられていた。いくつかのわりとよく知られている非ユダヤ系のグループ -例えばゴールデン・ドーン(黄金の夜明け団:イギリスの魔術結社)に代表される- が19世紀後半と20世紀前半に存在したが、多くは危険視されている魔術的伝統に焦点を当てていた。

 しかしながら、20世紀中頃、人類が従来の宗教以外で精神性を探求しても安全であると感じ始めたとき、カバラは公然と頭角を現し始めた。その規律と構造は、我々が自らの願いを信じる為の行動の自由を持っている世界に於いて、重要な資産である。それはまた、魔術的技能に向けられたその世界の、現在に於ける開示性を調査するのに役に立つ、魔術に関する非常に明確なガイドラインも提供する。

 

カバラは私に対して何ができるのか?

 現代世界に於けるカバラは、人間の心理 -我々の内なるパーソナリティ(隠された人格)と、それらが我々と我々の自由意思による決定能力に対しどのような影響を及ぼすのか- の理解を助けるという点で非常に優れている。

 カバリストにとって生命の木のデザインは、それぞれ個々の心理、パーソナリティ、そして自己啓発に対する青写真である。生命の木は一般に、人間のパーソナリティと魂が宿る心理的な世界(イエツラー=形成界として知られている)の象徴と見做される。一度それが、自分の身体のデザインにあてはめる、または部屋の中に椅子で寺院を作るといったような、トレドの伝統カバラのエクササイズを通じて理解し経験されると、それが大いなる個人的啓示をもたらし、全てのレベルに於いて人生を向上させる方法の明確な兆候を与えることを可能とする。

 カバラは、各々の人間の魂が一連の旅を通して、最終的にその魂を完全なるものにするということを教える。カバラを -または、本当に神それ自身を- 信じるか否かに関わらず、我々みな全てが神とともに喜び、神と一体になることを成就するだろう:その伝統は、これらの一連の旅をする時に我々を援助する為の道具として、単にそこに存在する。

 第2のカバラのデザイン、ヤコブの梯子は、人生を現在の状態にしている“見えない法則”を明らかにし、惑星、天使と大天使、人類、元型、動物と植物レベル、そして善と悪に関する大いなる疑問の背後に潜む原則についての説明をする。それは蛇と梯子のゲーム(主に欧米で古くから親しまれている子供向けのボードゲーム)の起源であると信じられており、旅の途上に於いて我々はどこにいるのか、そして私たちの前に横たわっているかもしれない「蛇」がどんなものなのかを我々に対し明らかにする。

 カバラの生きている伝統はまた、古の教えに忠実であり、且つ現代人の人生に完全に調和しているという両方の側面を、聖書の現代風な解釈にも役立たせることもできる。我々が、競争の激しい仕事、社会的及び家族のプレッシャー、抵当、請求書、グローバルな認識、政治、または単なるその日暮らしに巻き込まれるか否かに関わらず、カバラはより満ち足りた人生への我々のロードマップ(道路地図)になりえ、そこで我々は、我々を取り巻く世界の本質を理解し上層世界からのヘルパーと直接コンタクトをとる。

 カバラが必ずしも簡単であるというわけではないがその原理は単純で、そしてその道筋は目的を貫き通す人々への宝物で溢れ返っている。今日の世界於いてそれは、スピリチュアルであり政治的ナンセンスとして現れる多くのことを解明することが可能である。それは、世界の出来事の大部分を取り囲む幻想と誇大広告の靄を明確に見通し、そして今日、憐み深い人生観ではあるけれど、公平さを選ぶ為に我々を支援することができる。

 

 

創造を支配する“法則”を理解ものだけが自由意思を使って運命を超えたところに身を置くことができるのである。

 

カバラの主題は、人を束縛から自由にすることにある。 

 

カバラとは、信仰の道ではなく、智恵の道なのである。

 

- by Z'ev ben Shimon Halevi -