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ぜひ、ごいっしょに!

 
✡新規イベント準備中です
  今暫くお待ちください  
 
日程 : 未 定
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未 定  
 
 
「カバラ入門1日コース」
 
カバラの誕生から現在に至るまでの歴史的変遷、及び“トレドの伝統カバラ”の基本的概念を学びます。
また今回は特別に「ユダヤ人大富豪の教え」と題して、私が直接ユダヤ人のとある大富豪より伝えられた「秘密」もお伝えする予定です。
 
 
日程 : 2013年12月29日(日)
時間 : 11:00~18:00
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : \8000.-
 
※講座終了後イスラエル料理店にて懇親会を予定(任意参加)
 
 
 
 
 
 
第一期:「エノクの会」開催要綱
 
※「エノクの会」に於けるカバラの学習内容は、マギー・ホワイトヘッド女史の「トータル・カバラ・コース」の解説から、シモン・ハレヴィ師の著述及び講演会、ワークショップの解説を中心としたものに変更致しました。
 
日程 : 調整中
時間 : 調整中
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未定
 
 
 
 

 

 
 
 
 
カバラ : 生命の木
        生命の木

 何気ない日常の出来事をカバラ目線で読み解く

ザデクを目指すバカリスト、じゃない、カバリストの修行日記

そんな、

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2011年

9月

20日

ミツバチの囁き

 

 お金を1円も使わずにビジネスを作り出すというスマートさに非常に興味をそそられている、ピーター・セージというイギリス若手No.1の起業家が、やはり起業家であるキース・カニングハムから聞いたという寓話と、その話についてのピーター・セージのコメントを紹介します。

 

 

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「ミツバチの生きる目的を知っているかい? もしミツバチに『あなたたたちは何のために生きているのですか?』と尋ねたのなら、きっとこう答えるだろう。『ハチミツを作ることが仕事よ。せっせとミツを作るの。何故なら、私たちはミツバチだから。』」

 

 キースは続けます。

 

「でも、その答えは必ずしも正しくない。ミツバチには、ハチミツを作ることなどよりも、生態系やエコロジーに対し、遥かに重要な役割があるんだよ。その役割とは、花の『花粉』を運び、受粉の手伝いをすること。それにより花は咲くことができ、生命が循環している。仮にその営みを取り去ったとしたら、すべての生態系が崩壊してしまうほど、もっとも根本的、かつ絶対不可欠な役割を担っているわけだ。」

 

 当のミツバチは何も知らないでしょう。もし、今、全世界のミツバチが「自意識」に目覚め、こう言い始めたらどうでしょう?

 

「ねぇ、私、生きる目的を知りたくなってきたの。仕事なんか放って、山で瞑想するわ。生きる意味の答えが見つかるまで、山頂のバラの茂みにしばらく引きこもるの。使命が見つかれば、充実感と情熱に満たされて、また仕事に戻ることができるから、しばらく仕事はお休みね。」

 

 全世界のミツバチが突如そんなことを言い出したら、花が咲かなくなり、生態系の循環が停止してしまいます。

 当のミツバチは気づいていないかも知れませんが、「毎日の仕事を精一杯こなすこと」で、彼等の真の使命がまっとうされているのです。

 

 私が言いたいのはこういうことです。

 

「あなたが日々無意識に、自然体でできていることの中には、実は世界に大きく貢献しているようなことがある」

 

 のです。

 

~ from How to master your life 「自分を超える法」  by Peter Sage

 

 

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 この話には、カバラの教えに通じるところがあるように感じられます。

 神道もまた、然りです。

 特に、

 

 「日々無意識に、自然体でできていること」

 

 という一節が、私には非常に意味深く感じられます。

 

 本当の意味での「生きることの意味」というものは、実は、我々人間の知る由も無いことなのかも知れませんね。

 

 

 おっと、「生きることの意味」を求めて神道も修行し、人の魂の在り方を読み解く“カバリスト”が、こんなことを言ってはいけない! 

 

 営業妨害だ!!

 

 

 

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2011年

9月

15日

12日は中秋の満月・・・でした

 

 約2ヶ月振りのブログの更新です。
 意外と見に来てくれている方が多いらしく、中には直接私の個人メール宛に「どうした!何かあったのかぁ!」といったご連絡を戴きました。メールを送ってくださた皆さま、どうもありがとうございました。まだ、返信をしていない方もいらっしゃるのですが、今暫くお待ちください。

 まぁ、ここのところ自分を取り巻く状況が何とも言えない状況でして・・・このことは、いずれお話する時が来るかもしれませんね。

 

 それで久し振りのブログ、実は12日にアップしようと思っていたので、既に全くタイムリーな話ではないのですが、その12日の中秋の名月が見事に満月と重なりましたねぇ。綺麗な真ん丸お月さまでした。

 

 ところで、その満月の夜に珊瑚が一斉に産卵をするっていう話はご存知でしたか?(私は以前、ナショナルジオグラフィックスかなんかの番組で見て知っていました!)

 更に、日本の産婦人科では、満月の日に出産が多いという傾向が見られるっていう話は御存知でした?(ある占星術師が言ってました。)

 よく、殺人事件やその他の犯罪、暴動、自殺、交通事故などは、新月や満月の日に多いと言われていますが、これについては、両者の因果関係を認める統計結果と、その逆の統計結果があり、実際の真偽の程は不明です(人は、自分の見たいようにしかものを見ないという良い例ですね)。しかしながら、現場の警察官や自殺防止の電話相談員などが口を揃えて「新月と満月の日は忙しくてしょうがない」と言っているというのですから、まんざら嘘ではないようです。

 また、新月、満月の日には放火も多く、消防署も大忙しとのこと。

 

 あくまで都市伝説の域を出ない話ではありますが、何故こういった傾向が見られるのでしょうか(火の無いところに煙は立たないと申しますでしょ)。
 一説には、月の重量による潮汐作用が人体内でも起きており、それに伴う電磁波の変動を神経組織が感知して感情の変動として現れるといわれているそうです。
 また、人間の右脳が月の満ち欠けを敏感に察知するセンサーとして機能していることを証明した大学教授もいるそです。

 

 

 御存知の通り月を英語ではMoonといいますが、他に月を意味する言葉で、ルナ:Lunaって言葉も聞いたことがあるでしょう。そのルナ:Lunaは月を意味するラテン語なんですね(あっ!知ってましたか)。英語になるとローマ神話に於ける月の女神(=ギリシャ神話のセレネ:Selene)を意味します。
 そのLunaを派生語に持つラテン語のLunaticusには「月の影響を受けた」と言う意味があり、この語を語源に持つ英語のLunaticは形容詞で、「気の狂った」「狂気」「精神錯乱の」という何か凄まじい意味があります。(Lunaticには「狂人」「精神錯乱者」「心神喪失者」という名詞の意味もあります。)
 Lunaticの語源を調べる為に、"Oxford Advanced Learner's Dictionary"を引いてみたら以下のように記述されていました。

 

 1. a person who does crazy things that are often dangerous
 2. (old-fashioned) a person who is severely mentally ill

      (the use of this word is now offensive)
      Originally from the Latin lunaticus (luna= moon),

      because people believed that the changes in the moon made people go mad temporarily.

 1 .しばしば危険である狂ったことをする人。
 2. (時代遅れな言い回し) ひどい精神的障害のある人。

  (現代に於いてこの語を使用することは、不快であるとされる。)
  語源はラテンのlunaticus(luna=月)、

  月の変化が一時的な狂気を人々もたらすと信じられていた為。
 
それでは、どうして月の変化が精神の異常や狂気と結びつけられて考えられるようになったのでしょう。最も有力な説としては、月の満ち欠けが人間の性格を表しているというところから来ているというものがあるようです。月は、満月の状態からだんだんと細くなってゆき、最後にはなくなってしまいます。このように、人間の性格も時には満月のように丸々としているかと思えば、細い月のように変化する。常に丸く変わらない太陽と比較すると、形を変えていく月というものが、その時々で変化する(あるいは変化したようにみえる)人間の性格というのを表している、と昔の人は考えたのではないしょうか。

 また、別の意味として、夜に輝く月という存在が人間の心の奥底を照らしているということから、人間の裏に隠された狂気のような性格というものを、月が表している(太陽のような「表」の姿と、月の「裏」の姿)と考えられた可能性もあります。
 いずれにしても、このような言葉の意味が成立したのは中世のヨーロッパに於いてであり、当時は「Luna=月の光を浴びると気が狂う」というようなことが本当に信じられていたようです。狼男の伝説なども、このあたりのことが起源になっているといって良いのでしょう。

 

 Lunaticの名詞形であるLunacyには、「狂気」「間欠性精神病」と言う意味があります。これも、月の満ち欠けによる一時的な精神錯乱状態により、間欠性精神病という意味になったようです。


 余談ですが、Moonという言葉そのものにも、実はちょっと変わった意味があるのです。moonを動詞で使うと、俗語として「(相手をバカにするために)尻を出す、尻をまくる」といった意味になるのだそうです。映画「ブレイブ・ハート」の1シーンが浮かんでまいりました!このあたりにも、もしかしたら、lunaticなどの言葉の影響があるのかも知れませんね・・・ちょっと違うか・・・。

 

 そういえば、JR北海道の中島尚俊社長が12日朝から行方不明になっているとのニュースを見ましたが、ふと、これも満月のせいなのかなぁなどと、つい思ってしまいました。ご無事であることを、お祈り申し上げます。

 

 

 

 突然ですが、ここからは宣伝です。

 

 こういった不確実な時代だからこそ、自分の本質をしっかりと見極めてそこに繋がっていなければならないと思います。常に変化の止まない月ではなく、不動の太陽でいなければなりません。カバラの "生命の木" に於いて太陽が位置するセフィラはティフェレットです。そしてティフェレットは自己の本質を象徴します。ティフェレット=自己の本質を輝かせるために、是非、私と相馬玲子さんがコラボレーションをして新しく開発した「プログラム "Hope"」を試してみてください。

 

    詳しくはこちらをごらんくださいね。

 

 別に、新しいプログラムの宣伝をする為にこんな長々とした記事を書いたわけではありません。純粋に、満月のことを書こうと思っていただけです。ただ、最後の段になって話がつながるかなと思って、書き加えさせて戴きました。
 何か、自分のプログラムの宣伝するのって、格好悪くて恥ずかしいからあんまりやりたくないんですよねぇ・・・ジーマーですよ、ジーマー!!

でも、折角作ったんだし、良いものであるってことについては、自信をもっているんですからやっぱり多くの方にセションを受けてもらってナンボのもんですよね。そうでないと、プログラムが可愛相だ!

 

 皆さん、宜しくおねがいしまぁ~す!! (^O^)/

 

 

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2011年

7月

16日

原村のはせやん

 以前もお話しましたが、魚座の時代が到来しました。これは、海王星が自身の支配星座となる魚座を運行しているということです。8月に一旦、逆行をして水瓶座に戻りますが、来年の2月に再度魚座に入り、以降約14年間魚座の中を運行し続けます。

 

 魚座はスピリチュアリティの象徴とも言われ、そこに太陽を持つ人の中には俗にサイキックと呼ばれる人たちも多くいます。占星術師の中にはこの時代を、“超スピリチュアルな時代” であるとか “メシア再臨の時代”と呼ぶ人もいますが、私は “口に出した愚痴でつながる時代” であると思っています。(実はこれ、ビジネスコンサルタントの神田昌典さんが言ってたことなんですけどね(>_<))

 

 魚座は共感の星座でもあるので、この時代人々は、共感できる者同士によってその世界を創り上げてゆくことになります。しかしながらその共感は、こころの底から溢れ出る慈悲の精神による共感ではなく、底の浅い感情レベルの好き嫌いといったことに対する共感となるからです。基本的に魚座は、個人によりその限度の範囲はまちまちですが、プライバシーを侵害されることを極端に嫌う為、人間同士心底理解し合うということがなかなか難しいということも表す星座であるからです。要するに、良い意味においても悪い意味においても、個人攻撃などをされる事の無い安心していられる人間同士でつながる時代になるのです。

 

 Hemi-Syncのセミナーなどに参加した方であれば、F23~F26の世界がそのままこの地上に顕現されると言えば理解して戴けるでしょう。

 

 スピリチュアルな人々は特にこの時代を歓迎しているようですが、逆に私としてはこの時代の到来懸念せざるを得ません。人間の魂のレベルによってその世界は分けられてゆく為、人類全体の魂のレベルが高いものであれば本当に “超スピリチュアルな時代” あったり “メシア再臨の時代”となるかも知れません。しかしながら人類全体の魂のレベルが低かった場合、それは幻想や妄想の中で生きる、俗に言う精神病的な時代となってしまいます。例えば、大勢の人たちがドラッグをやって、同じ幻覚を見る者同士がグループを作るようなものです。勿論、ドラッグをやらない人は、ドラッグをやらない人たち同士でグループを作りますが・・・

 

 共感の時代と言っても、これは閉じた世界の共感となる為に、決して未来に明るい展望は望めないと考えるのは私だけでしょうか。見たくないものは見ないで、見たいものだけを見る世界です。例えばカバラのような相対性世界の理論からいけば、こういった世界に於いては必ずどこかに歪が生じるわけですから、その反動も必ず返ってくることになります。カバラの最重要書と言われている「ゾハル」に同じ趣旨のことが書いてあります。

 

 

 で、ここまでが前振りです。ちょっと長かったですね。

 先週、縁あって長野県の原村まで出向いて参りました。そこで、ある物凄い “男” に会いました。名前は “はせやん”。とにかく凄いです。度肝を抜かれたって感じです。「こういう人いるんだったら未だ未だ日本は安心だぁ!」って感じの人です。結構な有名人らしく、TV等にも出演したことがあるようですが、全く偉ぶらない。大勢の人たちから慕われたり、有名人になったりすると、自分ではそう意識していなくてもどこか尊大になったり、傲慢になったり、鼻についたりするものなのですが、そういったところがひとつもない。スピリチュアルや精神世界の匂いなんかもひとつも無い(実際のところはわかりませんが)。 “はせやん” を紹介してくれた、私が泊まったペンションのオーナーのおじさんは、“はせやん” が友達であることを心底誇りにしていました。 

 “はせやん”の凄いところは、本当に両足が大地に沈み込む程着いているところでしょう。彼の武勇伝は枚挙に暇が無いようですが、話を聞いていると、その決断力と行動力は本当に他の追随を許さないところがあります。この人が内閣総理大臣だったらと、本気で人に思わせてしまいます。今、私たちに最も必要なものは、彼のようにしっかりと地に足を着けて生きるということではないでしょうか。私自身、非常に深く反省させられたと同時に、生きる為のひとつの指針を見つけたようにも思いました。

 

  結論としては、これからの時代を幻想と狂気の時代にしない為にも、“はせやん” のような人を見習って生きなきゃならないなぁと強く感じたってことです。

 “はせやん” についての詳しい話は、イベント「7月23日の会」でちょっと話をさせてもらおうかなと思っています。

 

 えっ! 結局、集客の為のブログじゃないかって!? 飛んでも有りません。ブログを書くのにちょっと疲れただけです。 

 “はせやん”の情報、下にリンク張っておきますので覗いてみてください。

 で、やっぱり話も聞いてみたいと思われた方は是非、「7月23日の会」にご参加くださいませ。(^○^)

 

 “はせやん” 情報。 “カナディアンファーム” っていうレストランの経営をしています。

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

 http://www.go-canadianfarm.com/

 

 近くに出かけた際には、是非立ち寄ってみて、実際に本人と話をしてみてくださいね。

 

 

 

  

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2011年

6月

15日

満月の瞑想会                  「自己の再発見~自分らしく生きる為に」   明日開催です

 

 以前からお伝えしているように、明日、6月16日は皆既月食が起こります。これは6月2日に起こった部分日食に次いで、今月2度目の食となります。

 皆さんは今、魔法を使うことができるのです。皆さんの人生では、既に奇跡のようなことが起こりましたか? 予想だにしなかった可能性が浮かんできましたか?

 えっ!! 未だ起こっていない??? ひょっとして、魔法の呪文だけ唱えて、魔法を実現化させる為の行動を起こしていないんじゃあないでしょうか。希望を胸に想像力を駆使し、心のチャネルをオープンにしてください。未だ間に合います。ポジティヴ思考をを心がけてください。もう、悪友と化してしまった馴染み深い問題を解決するために、ホクマ(生命の木の“水平思考”を表すセフィラ)的観点を持ってください。強い意志を持って臨み続ける限り、必ずや願望は成就されるでしょう。魔術師に最も必要なもの、それは強い意志なのです。誕生星座は、関係ありません。

 この魔法をかけられた最後の日。強い意志とともに行動さえ起こせば、奇跡のようなことが起こる可能性は、本当にあるんです!!

 

 そんな日に瞑想会ができるなんて自分でもとてもワクワクしています。

 でもさっき気が付きました、私は導き手でるので、私自身は瞑想にに参加できないんだということを!! うぅぅぅ・・・奇跡を目の前で取り逃がしたぁ!! 逃がした魚は超大きいので・・・シロナガスクジラくらい・・・

 

 しかしながら、奇跡とまではいかないかも知れませんが、ここ数日間でこの先の世界の変容に関する様々な情報が入ってきて、近未来のヴィジョンというものが現実的な部分を含めてだんだんとハッキリ見えるようになって来ました。

 例えば、某超大物ビジネス・コンサルタントの情報であるとか、某有名占星術師の話であるとか・・・何でビジネス・コンサルタントがとお思いの方もいらっしゃるでしょうが・・・。

 

 やはり、キー・ワードは、海王星に位置する魚座。海王星は、8月5日に一旦水瓶座へと逆行しますが、2012年2月4日に、再び魚座にイングレス(進入)します。ここから世界は、パラダイムシフトし始めます(お気づきの方も多いとは思いますが、実際には既にシフトし始めています)。

 

 実は、海王星という星は、1846年に発見されて以来、自分が支配星となる星座=魚座にイングレスするのは初めてのことなのです。占星術を知らない方は、何のこっちゃサッパリわからんという話でしょうが、簡単に言ってしまえば、海王星が魚座に位置する時代というのは、ジョン・レノンの「イマジン」の世界に象徴される世界を、人々が夢見出すということになります。

 一聴すると、理想的で素晴らしい世界到来のように思えますが、その時点でそれぞれの人間が持つ精神性のレベルによってそれは幻想となり、世界を大混乱に陥れる可能性も秘めていると言えるのです。

 理想であるにせよ幻想であるにせよ、混沌とした世界になることは間違いなく、その世界に於いては既成の価値観や常識などといったものが根本から覆されてしまいますが、多くの人たちは変わることへの恐怖からこの変容についてゆけずに取り残されてしまうことになるでしょう。

 

 

 明日の瞑想会では、海王星が位置する魚座の時代とは一体どういう時代なのかということを少しだけ詳しく見てゆき、その中で自分らしく生きること、ティフェレット(生命の木の“本質”を表すセフィラ)で生きるにはどうしたら良いのかを、自分の内面へと旅することで探ってゆきたいと思っています。

 

 独りよがりかも知れませんが、自分でも素晴らしい情報を受け取ることができたと感じています。真摯に受け止めてくださる方であれば、この情報を是非シェアさせて戴きたいと思っておりますので、“ピン”と来た方、“ビビビ”と来た方、その他何かが来た方は、どうぞご参加ください。

 

 

以下、開催要綱です。

 

日 時 : 6月16日 10:15~12:45

      開場は10:00からとなります。 
場 所 : JR目黒駅すぐ近くのサロン

      会場の詳細はお申込みを戴いた後で、ご連絡させて戴きます。

会 費 : ¥6,900.- 

 

尚、本当に簡単にではありますが、誕生チャートより、太陽、月、ドラゴンヘッドを読み解いて、タロットカードのメッセージと併せてリーディングをしようと考えておりますので、ご希望の方は申し込み時に、以下の出生データもお知らせください。

 

 1.生年月日時分 

   時分が分からない方は生年月日飲みでも結構です。

   朝方とか昼ごろとか深夜といったおおよその時間帯が分かる方は、

   それをおしらせください。

 2.出生地住所

   出生地の現住所と分かれば病院名をおしらせください。

 

 

 

ご連絡、お待ちしております。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

お申込み/お問い合わせはこちらから

 

 

 

明日実施するセションの内容が書いてありますので、こちらのブログもご参照ください。 

http://www.kabbalah-lab.com/2011/06/06/6月度-射手座の満月-の瞑想会のお知らせ-しかも月食/

 

 

 

 因みに、先の某超大物ビジネス・コンサルタントの話を聞いて、山蔭神道第79代宗家山蔭基央太主にお話をして戴きました日本経済のお話を理解することができました。

 いやぁ~、やっぱり山蔭先生の話は奥が深い・・・。

 

 

 

 

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2011年

6月

08日

本日、月が乙女座に移動しました        神社の正しい参拝の仕方

 

 本日6月8日04:33、月が乙女座にイングレス(進入)しました。

 

 乙女座は一般的に、批判的、ジャッジメンタル、完璧主義などといった厳しい象意を持ったサイン(星座)として知られていますが、実は、奉仕やヒーリング、そして浄化といった象意も持ち合わせているのです。

 

 更に現在、木星と海王星が、それぞれ牡牛座と魚座に於いてセクステル(=星と星との織りなす角度が60°)という調和的アスペクト(角度)を形成しています。

 

 木星も海王星もともに魚座の支配性であり、しかも海王星は自らが支配する魚座に位置しています。このことは、何重もの意味で魚座のイメージが拡大/強調されていることを示しています。

 

 魚座は、12星座の中の最後の守護星座であり、全てのものを境界の無い無限の世界へと解放し許してゆく力を表しています。人が慈愛に満ち、清濁併せのんで、全てを受け入れられるようになるチャンスであることを示唆しているのです。

 

 過去の事件によるトラウマや、現在抱えているトラブルなどの全てを乙女座の月の浄化の力、木星の持つ慈愛と拡大の力で、海王星=魚座という大海原に流し去り祓い清めるのには最も適した日なのです。

 

 その上驚くなかれ、偶然に偶然が重なって、今月は夏越しの大祓いの月でもありますので、今から明日の17:13までに、ご自分の産土神社、または崇敬神社に参拝をし、神様の御力によって自分自身を浄化してくるというのは如何でしょうか。

(何故、西洋占星術からいきなり神道への流れなのだ??)

 

 実は、以前にこの話題を友人にしたところ、「どうやって神社にお参りをすれば良いのか?」と質問をされたので、このブログでも公開しておこうと思い立ちました。

 

 

✡正しい神社参拝の方法

 

神社参拝の基本については下記、神社庁のホーム・ページを参照してください。
動画付きです。

神社庁HP お参りのいろは 参拝方法
http://www.jinjahoncho.or.jp/iroha/omairi/index8.html


【願いを叶える参拝の仕方:極意】

 

参拝前に:

神社にお参りに行く前(神様の御前に立つ前)に、可能な限り禊(みそぎ)を行って心身を清浄にする。禊場(浴室で良い)で全裸になり、冷水シャワーを浴びるのが望ましい。禊の方法は以下の通り。

①まず冷水で、股間を清浄にする。次に眼を洗う。水を口にたっぷりと注ぎ入れ、数度洗う。更に、顔全体を洗い、左右の耳を洗う。それから胸を洗い、左の肩から手、右の肩から手を洗う。最後に、腹を洗い、左腿から足、右腿から足を洗う。

②二拍手をしてから、後ろ向きになって首筋から背中にかけて冷水シャワーを浴びながら「祓詞」を唱え、終わったら二拍手。

③禊場で落とした穢れを、シャワーで洗い流しておく。

禊の時、塩を身体全体につけて清めると尚一層良い。

以上のことがどうしても出来ない場合は、最低限、手を洗い、歯を磨き、顔を洗う。

 


神社にて:

①神社の鳥居に入る前に軽く一礼をする。
②手水舎で両手と口を水で清める。(上記HP参照)
③社殿の大前に立って鈴を鳴らして鈴の祓いを受ける。(上記HP参照) この際、社前の中心を左右どちらかの方向にちょっとはずして立つ。
④心を静めて二礼二拍手一礼献げる。(上記HP参照) この時、お参りを許可してくださったことに感謝の意を表する。
⑤祓詞を奏上する。(祝詞奏上、大神呪誦唱、及び御祈念は、人に聞こえないくらいの小声で良い。)
⑥大祓詞を奏上する。 尚、【天津祝詞の太祝詞奏上】の段に差しかかったら、低頭し、心を鎮め暫くの間(10秒~15秒位)黙想する。 その後、頭を挙げて正しい姿勢に戻り、残りの祝詞を奏上する。
⑦自分の住所と名前と本日の参詣の志について述べ、神社の大神様の弥栄(永遠に栄えること)を祈り、皇室の弥栄えまさんことを祈り、自分自身にもおかげを戴き、この世に生き、この世に仕え奉る御業がつつがなく行えますよう、御守りを賜りたいと祈念する。
⑧大神呪「アジマリカン」*注) を誦唱する。
  唱え方:一息で10回、「アジマリカン」と静かに、一言一言正確に唱える。
  回 数:30回以上。気のすむまで唱えて良い。
  姿 勢:背筋を垂直に。神前では合掌すること。
⑨心を静め、二礼二拍手一礼献げる。 この時、心をこめて御礼の意を表する。
⑩鳥居から外に出た時は、振り返って軽く一礼をする。

 

※注意点
 神社境内の参道などでは、道の真ん中を歩かないでください。真ん中は正中と言って、神様の通り道となります。 どうしても正中を横切らなければならない場合には、頭を軽く下げながら横切ってください。

 

*注) 大神呪「アジマリカン」について

 私がお世話になっている山蔭神道に、太古より伝わる秘伝の神呪です。以下は、2000年の歴史を持つ山蔭神道が貴嶺宮の秘伝を一般公開をした理由です。

 近年、日本古来の文化が再評価されるようになり、神道などの精神文化へ回帰した若者の心に、マスコミや新興宗教などが「宗教ブーム」や「オカルトブーム」(「スピリチュアルブーム」や「精神世界ブーム」も含まれると思います=筆者)を作り出し、煽り広めようとしている低俗な霊法は、信奉者達の魂を穢すだけでなく、先祖の霊まで低級な世界へ引き下ろしています。

 今、この風潮を止めなければ、日本の21世紀は“繁栄”どころか“国体の存続”さえ危うくなるでしょう。そこで貴嶺宮では、僅か80年前に門人信徒にのみ限って伝えられていたこの神呪を、日本国民の霊性浄化の為、無条件で一般公開するこに致しました。

 「アジマリカン」は、それを素直な気持ちで誦唱するひとの心を鎮め、霊を浄め、また心を清浄に導き、環境を浄化し、亡霊を救う神秘の力を備えていますので、一切の災禍厄難や悪因縁は祓い浄められて消滅します。
大神呪はまた、お唱えをすれば直ちに神様に通じる言葉ですから、災難に遭いそうなときや、不意の恐怖心などに襲われたときなどに、「アジマリカン」と一言唱えれば、瞬時にその危機から救われるのです。

 

 

 そんな、「今日の今日に言われたって 、もっと早く教えろよ!」というご意見もごもっとも。もし直接神社へ行って参拝することが難しい場合は、家の神棚に向かってお参りをしてください。神棚も無い!(という家が殆どでしょうが)という場合もご安心ください。家の中の清浄な場所で北、または南向きに正座をし、頭の中で産土神社か崇敬神社をありありとイメージして参拝をしてみてください。実はこれ、私がエア参拝、またはヴァーチャル参拝と呼ぶ秘儀中の秘儀(?)であり、毎日の参拝に於いて、仕事や悪天候によりどうしても直接参拝に伺えない場合に行っております。(^○^)v  真面目な話、カバラでいうところのイエツラー界(=アストラル界)に於いては、本当に神社に参拝しているとしか思えないことも多々あります。

 

 神社参拝の為、このブログの末尾から『祓詞、大祓詞』をダウンロードできるようにしてありますので、どうぞご活用ください。

この祝詞は、『神社本庁例文 祝詞、祓詞及び祭詞』 (昭和31年初版、昭和51年改訂版 神社新報社)に準拠するものです。現在、最も広く行われている祓詞、大祓詞と言われており、実用性を考えた結果の判断であります。従って、私が修行をしている山蔭神道の『祓詞(山蔭神道では「禊祓詞」という)、大祓詞』とは異なるものです。 

 何れにせよ、祝詞、神呪ともに効果は信仰の度合いに比例するものです。ここでいう信仰とは、特定の宗教や神に対する信仰という意味ではなく、大いなる存在に対しどれだけ自分をオープンにしているかということであります。逆に、あまりに特定の信仰のみに傾き過ぎていても、その効果を実感することは難しいかもしれません。

 

 そういえば、吸血鬼映画『フライトナイト』の1シーンで以下のような場面がありました。

 

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「退け!悪魔の申し子よ!」
突如、チャーリー(=主人公)の後方に構えていたビンセント(=ヴァンパイア・キラー)が前に踏み込んだ。そして十字架をダンドリッジ(=ヴァンパイア)に向かって勢いよく見せ付けた!
「ははははははは・・・本気かね?」
ビンセントは、余裕のダンドリッジを唖然とした表情で眺めるしかなかった!
ダンドリッジはビンセントを見据えながら階段を降りて近づくと、目障りな十字架を大きな手で握り潰した!
信仰してないな?だから効かないんだ!これじゃあ玩具だ。十字架の力を信じてなければ役には立たんぞ!ビンセント」
ダンドリッジはグシャグシャになって原形を無くした十字架を後方に投げ捨て、ビンセントに更に深く歩み寄った!その眼光は鋭さを増していた。

 

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 山蔭神道に於いても「素直な気持ちで」と言っていますが、残念ながら信仰が無くても、「ただ唱えればたちどころに願いが叶う!」なんて都合の良いものはどこにも存在しないことをお忘れなきように・・・

 

 

 

祓詞、大祓詞
『神社本庁例文 祝詞、祓詞及び祭詞』
(昭和31年初版、昭和51年改訂版 神社新報社)準拠
祓詞・大祓詞.pdf
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2011年

6月

06日

6月16日「射手座の満月」瞑想会のお知らせ (しかも月食!)

 

 やっと、6月度の瞑想会開催要綱が決定致しました。

 今月は、射手座の満月、しかも月食で、更に木星と海王星が調和的角度をとっている素晴らしい日の開催となりました。

 

 今回のテーマは、「自己の再発見~自分らしい生き方を求めて」。

 国難ともいえるこの状況下に於いて、自分のこれからの人生について一緒に考えてみては如何でしょうか。今後、自分らしい、本質で生きる生き方を実践していくには、今、何をすれば良いのか。そうしたことに目を向け瞑想をしてゆくと、射手座の月が様々なインスピレーションやアイデア、そして力を授けてくれるでしょう。

 

 今回は少し趣向を変えて、「カバラの道」瞑想ではなくタロットカードを使った瞑想をやってみようと思っています。

 まず、タロットカード1枚引いて、そのカードから自分らしく生きる為のインスピレーションを受け取ります。更に、そのカードについて瞑想をし、そこに描かれている世界にご自分も参加してみましょう。そこに登場している人物や存在たちがきっと、あなたに自分らしく生きる為の「ヒント」を授けてくれることでしょう。

 

 この瞑想プログラムには、心に対する調和的、療法的効果もあると言われていますが、その真の目的は、内的自己(=自分の本質/真我/ハイヤー・セルフ/カバラ的表現ではティフェレット)の生きた存在である、神秘主義者たちが聖なる守護天使の智恵と交わりと呼んだものに至ることなのです。

 

 勿論、カードが持つ一般的な解釈(?って、実は人や流派によってかなり違いがあるのですが)によって、私の方からもアドバイスはさせて戴きますが、やはりタロットは直感的ツールなので、ご本人が受け取ったものを大切になさって戴きたいと思います。

 

 ご希望の方がいらっしゃれば、カバラ的占星術から、太陽、月、ドラゴンヘッドをごく簡単ではありますがリーディングをして、カードと併せて解釈をするといったような試みも面白いかなと考えております。

 

 私の根底に流れている思想は、カバラ的なものであるので、解釈やアドバイスも、やはりカバラ的なものに基づいたものになります。

 

 余談ではありますが、今回使用するタロットカードは「ライダー-ウエィト・タロット・デック」といって世界で最もポピュラーなタロットカードで、アーサー・E・ウエィトというイギリス人によって考案され、1909年に発売開始となったものです。このアーサー・E・ウエィトなる人物、アレイスター・クローリーが所属していたことでも有名な魔術結社である「黄金の夜明け団」のメンバーであり、その為、彼の考案したタロットカードには、随所にクリスチャン・カバラ(=魔術的カバラ)的秘教の要素が散りばめられています。

 しかしながら、私が学んでいるのは、このHPでもお伝えしているように、正統的(であると私は信じている)ジューイッシュ(ユダヤ系)・カバラのうちのトレド伝統のカバラと呼ばれるもので、所謂魔術的な要素は殆ど取り入れておらず、故にタロットカードを使用することもあまりはありません。但し、系統が異なってはいても、カバラという根底では共通する部分も多くある為に、この「ライダー-ウエィト・タロット・デック」はカバリストにとって解釈が容易である、あるいは馴染んでいると言って良いでしょう。

 

 結局のところ、ツールはカバラではなくても、思想として全てはカバラ的なものに帰結してしまうのであり、そういった意味ではやっぱり「カバの道」瞑想会と呼んで差し支えないのだと、自分で勝手に納得している次第です。

 

 

 それでは、開催要綱です。

 

日 時 : 6月16日 10:15~12:45

      開場は10:00からとなります。 
場 所 : JR目黒駅すぐ近くのサロン

      会場の詳細はお申込みを戴いた後で、ご連絡させて戴きます。

      不動前駅付近のセッション・ルームではありませんのでお間違えの無いよう。
会 費 : ¥6,900.- 

 

 金額についてなのですが、御存知ドリーン・バーチュー女史の「天使のナンバー」によると “690” という数字のメッセージが、「神は、あなたが他者へ手を差し伸べるように導いています。そして、あなたが人生のミッションを達成するのに必要なすべてを与えています。」と言う意味であると数字に関するアドバイスを友人がくれたこと、瞑想だけでなく占術やリーディングが入ってセッション形式となること、そして何と言っても私の “69ン・ローラー” としての第六感(というよりも殆どダジャレ?)によってこの金額とさせて戴きました。以前の「カバラの道」瞑想会よりも金額が上がってしまって申し訳ありません <(_ _)>。

 しかしながら、内容と致しましては今までよりも断然濃厚なものとなっておりますので、是非参加してみてください。

 

 ご連絡、お待ちしております。

  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

お申込み/お問い合わせはこちらから

 

 

 

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2011年

5月

28日

5月29日のイベント「本質で生きること」の追伸

 

度重なるイベント告知で申し訳ありません。

 

昨晩、ルーティン・ワークとしての鎮魂行をしていた時に、突然、「本質で生きることがテーマであるのに、何故、参加して下さる方達にその本質を伝えないのか」という、声とも閃きともつかないものが頭で響きました。

 

ゆえに、参加者の皆さまには、本当に簡単ではありますが、カバラ的占星術による、本質=自己(カバラでいうティフェレット、通常の占星術でいう太陽星座)とエゴ=自我(カバラでいうイエソド、通常の占星術でいう月星座)のリーディングを致します。

勿論、セフィラ(=感受点)単体のリーディングなので、フルヴァージョンのセションには到底及びませんが、自分の本質を理解する為の大いなる手助けにはなると思っております(手前味噌かも知れませんが・・・)。

 

カバラ及び神道の導師の教えや自らの修行体験から、今後の日本と世界の行く末は、今現在のひとりひとりの人間の在り方にかかっていると言って間違いないと考えています。

今、軌道修正しなければ、もう後は無いかもしれません。

 

私たちは、ひとりでも多くの人が、本来の自分を生きて行くことを願ってやみません。

 

このメッセージに何かを感じた方は、是非この会にご参加戴ければと思います。

 

詳細はこちらから。

 

 

 

一緒にこの会を実施して下さる、相馬玲子さんのブログも見てみてくださいね。

  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

http://love.ap.teacup.com/lumiere-hikari/

 

 

 

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2011年

5月

27日

カバリスト、神道家の先生方からのメッセージ

 

前回のブログでもお知らせ致しましたが、529() 14:00~17:00 東急目黒線不動前駅近くのセッションルームに於いて、リコネクション・プラクティショナーである相馬玲子さんと一緒にイベントを開催します(詳細はこちら)。

 主なテーマは、「自分の本質(=自己)で生きること ~この未曽有の災害の中で、私たちはこれからどのように生きてゆくべきなのか~」ということになると思います。みなさんと未来につながる為の、色々なお話をさせて戴ければと考えています。

 また、玲子さんのリードする「意識のクリアランスの瞑想」と、私のリードするカバラの瞑想「創造の梯子」を体験して戴く予定です。「意識のクリアランスの瞑想」で、少しでも無駄なものをそぎ落とし(神道でいうところの祓い)、「創造の梯子」瞑想で、自分が創造主の一部であったことを思い起こして戴ければと思っています。

お申し込みはこちら

 

相馬玲子さんの方のブログも参照してみてください。

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

http://love.ap.teacup.com/lumiere-hikari/

 

 唐突ですが、私自身の話をさせて戴きますと、今年に入ってから、自分を取り巻く環境の流れは、カバラよりもむしろ神道に遷移してきているように感じます。まさに復古神道です。だからと言って、カバラの探求をおろそかにするつもりは毛頭ありません。私にとっての神道とは、思索的側面もさることながら、実践的側面(即ち行)に重きを置いています。このことはやはり、日本という土地に暮らす以上、その国を治める神様を含めて、風土に根付いた(または風土に沿った)修行法と言うものがあると確信しているからです。恐らくそういったこと(つまり、自己完成をして国家経綸す)に関係があるのでしょう。普通ではあり得ない話が、どんどんと勝手に進行しています。

 

 私の個人的な意見では、今回の震災とそれに関連する災害は、地球の「禊祓い」ではないかと考えています。それ故、この地球上に暮らす全ての人間達自身が自らの「祓い」を行い、調和(統合)に向かわない限り、何度でも地球自身が「祓い」を行う為に、その都度災害がもたらされるのではないかと懸念しています。

 勿論、ネガティヴな側面にフォーカスすることは良いことではありませんが、冷静な危機感を持つことは大切なことだと思います。

 

カバラに於ける最重要書といわれる『ゾハール』では、人間が神聖な行為をすれば、神を育て、神を支配し、神に変化をもたらすことが出来るといっています。人間が、神の気分を変えることさえ出来るというのです。そうすることによって、神が世界にもたらす恩恵までも、人間が左右出来ると説いています。しかしながらこの考え方によれば、人間が罪を犯たり倫理に反した行為をすると、世界に悪い影響を与えるということになります。そうすると、神の内部の調和は乱され、全世界に悪が蔓延ったり、大災害に見舞われることになるのです。

 

 以下に、カバラと神道に関係する方達からの東日本大震災に対するメッセージを掲載させて戴きます。

 

✡我が師、カバラソサエティ代表 シモン・ハレヴィ先生からのメッセージ

「私は、震災が起こった時から、日本が何故それほど厳しく打たれなければならなかったのかについてずっと考えていました。 その理由は、西洋と同様に、日本がテクノロジー信仰と拝金主義に陥ってしまった為に、神道に於ける霊的なルーツ(=根源)を失っているということにあるようです。 これは、日本人に自然の神々を忘れることのなく思い起こさせるよう、または、実存(=神)の真の目的を思い起こさせるような致命的な不調和が生じていたことを意味します。

皆さんのなすべきことはこの状況を修正し、真の平和と幸福が、日本の偉大なる神社という、神に対する調和と献身の完璧な例えが見事に具現化されたものの中に見出されるということを、日本人に思い起こさせることです。

占星術に関して言えば、天王星、海王星、火星、水星、そして太陽は、魚座を通過中で、日本の乙女座の真反対(=オポジット)に位置していました。象徴的にこれは、海と陸によって関係付けられた、水の霊性と地の物質性(=物質主義)との対立なのです。」

201156日 カバラソサエティ・ジャパンからの質問に対する回答メールを翻訳

 

✡ブネイ・バルーフ カバラ教育研究所所長

 ラビ・マイケル・ライトマン博士のメッセージ

「私たちは自然と類似するまで進化的発展の指導を自然から受け続けます。私たちが感じる打撃や苦しみとは、自然との調和の欠落に対する自然の反応です。すべての危機には一つの解決策しかなく、それは自然との調和に達することです。

一般に、それは私たちのエゴイズム(利己主義)を是正することによって達成できます。私たちのエゴイズムは全人類と繋がり一つになることに対する私たちの態度を通して明らかになります。なぜなら自然自体は私たちを一つのものとして見なしているからです。我々は一つになるまで苦しみ続けるのです。

『ゾハールの書』(「Introduction of the Book of Zohar  ゾハールの書の手引き」項目66-81)によると不幸が、まず最初に最も優れた者(この場合つまり日本)に降りかかります。しかし、打撃が強化すると、優れていない者にも影響を及ぼします・・・ 解決策は一つしかありません。それは他者を愛し、そして団結したうえで全自然と同じ様にグローバル・インテグラル・システム(世界的に統合されたシステム)になることです。そうなると、我々はクリエーターによって与えられる内面的充足感を感じ始めます。」

laitman.jp カバラと人生の意味 マイケル・ライトマンの個人的なブログ

2011313日の記事より転載

http://laitman.jp/2011/03/11/how-to-forestall-the-blows-of-nature/

 

 

✡山蔭神道第79代宗家 山蔭基央太主からのメッセージ

「地震の神様を敢えていうならばスサノオであろう。スサノオとはスサブ(荒ぶ)男の意。即ち、荒れ狂う男を意味する。スサノオが高天原に向かうと『天地はどよみ、草木はなぎ倒された』と伝えられているが、それは地震と津波のことである。

また、江戸時代に於いて地震は、天譴(=天罰)であると言われていた。

東日本大震災の他、ビン・ラディンの暗殺、(中東・北アフリカの民主化運動)、『神道の神秘』(山蔭先生の著書)が1年の内に英語、フランス語、ポルトガル語、アラビア語に翻訳されたこと(日本の神道関係の書籍が、1度に4カ国語に翻訳されるなどあり得ないこと)の全ては繋がっており、このことは世界が大騒乱の時代に入ったことを意味している。

この大騒乱の時代に於いては、広い世界観を持つ必要があるのだが、日本人にはスケールの大きな大変さ、危機感が欠けている。日本人は世界が狭過ぎる。もっと、広く世界の文化を理解する必要がある。相対世界に於いて世界文化を理解することが、より深く日本文化を理解することにもなる。」

2011513日 貴嶺宮にて伺ったお話より抜粋

(あまりちゃんと纏められておらず、申し訳御座いません!!

 

✡山蔭神道上福岡斎宮宮司 合気会合気道師範 佐々木将人先生のお話

「霊能者の言によれば、『人心の退廃により風、道徳が廃れ、地球の自然環境が破壊すると神は怒って、生かされて活きる感謝の神人和楽の原点に返す為に、神は大地震を起こす』と言う。

『今や神国日本は、拝金主義の政治と自己中心の世相となっている』と話し合った時、それに答えるように一寸と大きな余震があった。」

-月刊『己貴(めざめ)』5月号/2011 より転載

 

 

 

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2011年

5月

26日

5月29日(日) 怪しいイベント開催のお知らせ

 

突然ですが

(しかもこの時期になって)、ひょんなことから、私の敬愛する、リコネクション・プラクティショナーでありアヤシイ魔女でもあり、そしていつもカバラの瞑想会や勉強会のお手伝いをしてくださる優しい相馬玲子さんと、イベントを開催することになってしまいました。

 多分、トーク・ライヴ(というよりも実際には井戸端会議?)みたいな感じになるのかなぁと漠然と思ってはいるのですが、詳細は全く分かりません。

 大きなテーマとしては、この国難ともいうべき状況の中で私たちはどうやってこれから生きてゆくべきか、といったようなことになると思いますが、推測の域を出てはいません。

 

 因みに、玲子さんの方では何か考えているようで、彼女のブログの方にコメントが載っていました。こちらの方も、御参照下さい。(「徹子の部屋」ならぬ「玲子の部屋!」になるのかなぁ・・・)

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http://love.ap.teacup.com/lumiere-hikari/

 

 私は、霊能力者(所謂サイキック)ではありませんが、鳥脳力者であり鳥成体験もある程度ありますので、それなりに面白い話をできるかなとは思います。(何をもって面白いというのか!という問題は残りますが・・・)

 

 

で、開催要綱は以下の通りとなります。

日 時 : 5月29日(日) 14:00 ~ 17:00

場 所 : 東急目黒線不動前駅近く (詳細はお申し込み後にお知らせ致します。)

参加費: ¥6,900.- (何故この金額なのかは、れいこさんのブログを見てみてください。)

 

3日前の告知ってどうなの?とは思いますが、御用と御急ぎでない方は、是非お立ち寄りくださいませ!!

それでは、お会いできることを楽しみにしております。

 

お申し込みはこちらからお願い致します。

 

 

 

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2011年

5月

19日

笑劇映像!!

 笑劇の映像です!

 決してひとりでは見ないでください!

 おもしろさが半減します。

 

 こんなご時世だからこそ・・・こういったものが必要なのだと思いUp してみました。

 意外と思われるかも知れませんが、これこそが、カバラの本質なんです。

 断言します! 間違いなく、みなさんのティフェレット(=本質)が輝き始めます!(^O^)/

 

 

 こっちのURLから見た方が画像が大きい為迫力があり、楽しめると思いますよ!

  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

 http://www.youtube.com/watch?v=O8WW761_o0Y

 

 

 

 いったい何十回見たことでしょう・・・ 私のティフェレット、輝きまくりです!✡

 

 こっちの映像は内容勝負なので、大きくてもさほど変わりありませんが、為念。

 でも、やっぱり大きい画像の方が楽しいかも!! 

  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓  

 http://www.break.com/index/baby-laughs-like-his-father-2028413

 

 

 

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2011年

5月

17日

瞑想会&第2期「エノクの会」の反省会    取り敢えずは無事(?)に終了したものの・・・

✡5月14日 「カバラの道」瞑想会

 前日に、山蔭神道第79代宗家・山蔭基央管長のお話を伺って来ていたので、その時のお話をしますって、HPにも告知しておきました。

 恐らく、大分部分の参加者の方は、今現在の日本において、神界、浄明界、霊界といった神道の非物質世界に於いて、神様やご先祖様たちがどういった働き(活動)をなさっておられるのかと、こういった部分に興味満載であったに違いありません。

 しかしながら、私が山蔭先生からお話を戴いた内容は、非常にシンプルに、この世に顕現した人間としての正しい在り方、日本人としての正しい在り方についてであり、神様や神道についてのお話は殆どありませんでした。

 先生に「神道とは何ですか」とお聞きしたところ、「神道とは正体不明なものであります。あるかないかわからんもんです。」とのお答えを戴きました。そして先生は「神道とは何ですかと聞かれた場合、あそこに在るような(と庭に生えている桜の木を指さして)桜を見て『あれが神道です』と答える他に仕方が無い」と仰いました。そういえば、ハレヴィ先生にカバラとは何ですかとお聞きした時に「実は何だかよくわからん」と仰っていたことを思い出しました。結局のところ神秘思想や神秘主義などというものは、実体が無く掴みどころの無い、得体の知れないものかもしれません。それじゃぁ、そんなものを懸命になって追及している私たちって一体・・・

 そうは言っても、山蔭先生のお話は、私の胸を打ち、様々なことに対する開眼の大きな手助けとなったのですが、私の話が参加者の皆さんのご期待に沿えなかったということは、私自身の雅量の無さというか人間としての未熟さの現れなのだろうと思います。本当に素晴らしい話だったのに、殆どそれを伝えられなかったことは非常に悔やまれると同時に情けなく、悲しい気持ちにもなりました。

 それでも、次回の瞑想会では、今回伝えることができなかった山蔭先生の残りの部分のお話をしようかなと思っています。折角伺った話を、ごく少数の人間だけに留めておくのは、やはり勿体ないような気がしますからね。

 それと、参加して戴いた皆さんに。『創造の梯子』の瞑想、お話の方が長くなってしまって、結局出来なくなってしまいまいして、本当に申し訳ありませんでした。看板に偽り在りですよね。この瞑想は、私がファシリテートするカバラの瞑想の中で最も人気の高いものなので(単に一番短い瞑想=15分だからかもしれませんが)、もしかしたら期待しておられた方がいらっしゃったかもしれません。次回に必ずやりますからと言っても埋め合わせにはならないのですが、それでも、次回は『創造の梯子』の瞑想をやる予定でいますので、懲りずにまた、遊びに来てくださいね。

 

 

✡5月15日 第2期「エノクの会」トータル・カバラ・コース 第1回

 とにかくノルマをこなそうと、カバラ初学者の方々を相手に、詰め込むだけ詰め込んでしまい、勉強会が終わったあとで反省しきりでした。何か、学生時代に自分が学校で受けた授業みたいな、ただ淡々とノルマをこなすだけの無味乾燥な詰め込み式授業を思い出してしまい、またまた、後悔の念と情けなく悲しい気持ちに苛まれてしまいました。

 学生時代、早稲田予備校に通っていたことがあります。現代国語の特別クラスがあって、講師の方の名前は忘れてしまったのですが、そのクラスは常に定員をオーバーする超満員のクラスでした。いつも一番広い大講堂を使っても立ち見(とは言わないか、立ち受講?)で廊下まで生徒が溢れてしまうようなクラスです。何で、そんなに受講者が殺到するのかって?まっ白い犬なんです!とにかく、まっ白い犬なんですっ!えっ!意味がわからない?まっ白い犬。顔も白けりゃ・・・尾も白いんです。そう、おもしろいんです!講義が漫談みたいで無茶苦茶おもしろいんです!大学受験で必死になっている予備校の授業で、爆笑渦巻くクラスなんです。講師の方はただのちっちゃいハゲちゃびんのおっさんなんですけど、とにかく話がおもしろいんです。勿論、余談ではありません。全てが現代国語の講義、つまり入試問題の解法の仕方を丁寧にわかりやすく説明してくれるのですが、その解法の例えが、どこからそんな例えを思いつくのかというくらい突飛で且つユーモアに溢れているのです。だから、受講生はみんな成績が上がる。講義の内容をよく覚えているもんですからね。そうすると、それが評判になって、どんどん受講希望者が殺到するってな具合。

 私も、お笑いの勉強を本気でして楽しいカバラ講座を開けるよう、精進する所存です!「エノクの会」のみなさん、ごめんなさいね <(_ _)>。少しづつ面白くなるように努力していきますんで、なが~い目で見てやってください!

 目指せ、ジョン・クリーズ!って誰も分かんないか・・・

 目指せ、Mr.ビーン!って、彼は喋んないか・・・

 そういえば、笑い飯の哲夫が、東京大学の「おもしろ仏教講座」という企画で仏教についての講演をするらしいです・・・

 私も東京大学で「そんなバカラのカバラ講座」を開けるように頑張るぞ!!っと固く決心するものであります・・・微妙に方向性に問題有り???

 

 

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2011年

5月

13日

行って参りました!

 うぅぅぅ・・・昨日、山蔭先生のいらっしゃる貴嶺宮まで行って、いろいろとお話を伺って参ったことは参ったのですが・・・参りました!! (← 降参の意)

 

 所詮、私のような未熟者が先生の深遠なお話を理解するなど10年早いわっ!

 という感じで、昨日、煽りに煽りまくった意気揚々感はどこへやら・・・

 

 そういえば、高校生時代バンドをやっていた時に、キング・クリムゾンというイギリスのプログレッシヴ・ロックのバンドをコピーしようと思ってクラブの部室で練習をしていたら、先輩に「お前がローバート・フィリップ(キング・クリムゾンのギタリスト)弾くなんて、10年早ぇよ!」と言われました。

 あれから20年以上経ちますが・・・いまだにまともに弾けん!!

 

 

 そんなことより、

 

 今日の瞑想会、

 

 

 

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2011年

5月

13日

行って参ります!

 いよいよ明日、というか既に今日になりますが、山蔭神道第79代宗家・山蔭基央管長のいらっしゃる愛知県は幸田にある貴嶺宮へ、色々なお話を伺いに行って参ります・・・なんて偉そうなことを書いてしまいましたが、実際は私の秘教の師の単なるお供でしかないんですけどね。

 

 この話が決まった当初は、山蔭管長にあれを聞いてみよう、これも聞いてみようと結構ワクワクしながらあれこれと思案をしていたのですが、いざ直前になると、何か急に怖気づき、只今、チッキン重田と化してしまって・・・いるんだコケッ!

 

 でも、こんなチャンスは滅多に無いことなので、頑張って行ってくるんだコケッ!そして、14日の「カバラの道」瞑想会に来てくれた皆さんに、出来る限り詳しくお伝えするつもりなんだコケッ!

 

  

 

 

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2011年

5月

06日

ちょっとだけ不思議なおはなし

 久しぶりに、下北沢にある友人のカルキさん(亀井、じゃない仮名)がやっているバーに行ってきました(亀井がやってるバーじゃないよ)。今年、外へ飲みに行くのは2回目。基本的に、心理(=カウンセリング)を6年間共に学んだMe(=私)の御学友が抱えている問題の相談にのると云う主旨だったのですが、まぁ、そんなことはこの記事の趣旨とは全く関係ないので割愛させて戴きます。

 

 で、その亀井さん、じゃないカルキさんから聞いた話。

 

 3月11日、そう、あの東日本大震災の起こった日のこと。

 

 その日は、金曜日だったこともあり、忙しくなることが予想されたので早めにお店に行って、開店の準備をしていたそうです。そしてあの震災・・・凄まじい揺れにカウンターや棚に置いてあったお客さんのキープボトルが次々と床に叩きつけられていったそうです。カルキさんは、さすがにヤバいと思って表に避難。あの長い揺れが治まってからも暫くは、同じように表に避難をしていた近所のおっちゃんとしゃべりこんでいて、やっと心の落ち着きをとり戻した頃にお店へと戻ったそうです。


 お店の中はというと、床にボトルが散乱して大変なことに!「あわわっ」と立ちくらみしそうになりながらも勇気を振り絞って事実確認をしてみると、割れてしまったボトルは、未だ店にいる時に見た、最初に落ちてきた2本だけ。残りは、真っ逆さまに落ちたのか多少ボトルのキャップの部分が凹んでいたりはするものの、それ以外に被害は全く無かったとか。「2本で済んだんだ」と安堵しながら、割れたボトルを片付けようとしたところ、まず、最初に落ちて割れたのはお店の常連で、Me(=私)の友人でもある、じぇりちゃん(家名、じゃない仮名)のボトルであることが判明。「あぁ、じぇりちゃんのボトルかぁ」と思いながらガラスの破片を集め、こぼれているお酒を拭き終わって、次に落ちて割れたボトルを片付けようとしたところ、それが、やっぱり常連のコーヘイくん(加盟、じゃない仮名)のものであることが判明。私自身もコーヘイくんを知ってはいるけれど、どちらかと言えば、コーヘイくんの親父さんの方を良く知っているといった関係。この親父さんについては、また幾つもの伝説があるんだけれど、それはこの記事の趣旨ではないのでまた後日。で、コーヘイくんのボトルを片付け、その他落ちてきたボトルも全部元の棚に戻して取り敢えず開店準備O.K.という段まで辿りついたと。


 それから間もなく、夕方の5時くらいに、早々と最初のお客さんが階段を昇って来る足音がする(お店は2階にあるのです)。店のドアを明けて入って来たお客さんの顔を見ると何とそれは、最初にボトルが割れっちまったじぇりちゃんではあ~りませんか。地震のせいで会社が早く終わったので、帰りがけに「カルキさん大丈夫かな?」と思って様子を見に来たんだそうです。カルキさんは、じぇりちゃんにボトルが割れてしまったことを告げて、お詫びにと新しいボトル入れてあげたそうです。じぇりちゃんは、自分の家が心配だったこともあり、いつものように長居はせず、数杯飲んだだけで早々に帰宅したそうです。


 それから暫くは、誰一人として訪れる者もいなかったので、カルキさんが「今日は、もうお客さんは来ないかなぁ」と思いだしたその瞬間に、また、階段を昇って来る足音が聞こえたそうです。「おっ!?こんな時に誰だろう?」と興味津々甘栗で入口のドアをガン見(=凝視)していると、ドアを開けて入って来たのは、な、な、なんと!2番目に割れたボトルの持ち主、コーヘイくんであったのでした!コーヘイくんは地震直後に会社を出たそうですが帰宅難民となってしったので、お店が帰宅路の通り道でもあるところから休憩と様子見を兼ねて寄ってみたそうです。カルキさんは、不思議なこともあるもんだと思いながら、コーヘイくんにボトルが割れてしまったことをお詫びして、じぇりちゃん同様、新しいボトルを入れてあげたのでした。コーヘイくんも、未だ先の遠い家への帰り道であるところから、ほんの数杯だけ飲んで足早に立ち去ったとのことでした。


 そうやって、下北沢のバー「ウマイル(仮名)」の震災の夜は更けていったのだそうです・・・。

 

 因みに、Me(=私)のスコッチのボトルも入っていたのですが・・・結果、完全無傷のロックン・ローラーでした・・・残念!! って、大して飲みに行きもしない癖にセコ過ぎかぁっ!!

 

 

 

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2011年

5月

01日

いちぞう

 昨晩、図書館から借りてきた「よだかの星」の朗読CDを、寝る前に布団の中で聞いた。

 

 涙がボロボロと溢れ出て来て全然止まらなかった・・・
  
  

 朗読が終わっても、多分30分以上は涙が止まらなかったような気がする。

 

 

 タイトルと本文の意味が良く理解出来ないとおっしゃる方は、「よだかの星」を、今度は(かもう一度かはわかりませんが)是非、朗読で聞いてみてくださいませ。

 

 

 

 

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2011年

4月

30日

よだかの星

 上手な朗読を聞くのが好きである。

 

 図書館のCDコーナーの朗読物が集められている棚のところへ行ってみると、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」が何故か目に留まる。収録作品はひとつだけなのかなと思いCDケースの裏面に目を遣ると、「よだかの星」と書いてある。

 

 

 公衆の面前だと云うのに突然、
   涙が溢れ出して止まらなくなってしまった・・・

 

 

 

 この意味が良く理解出来ないとおっしゃる方は、一度(かもう一度かはわかりませんが)「よだかの星」を読んでみてくださいませ。

 

 

 

 

 

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2011年

2月

13日

変化する能力

ここのところ、心の内にある不要なものを手放すって瞑想を暫く続けていたら、その効果なのだろう、認識の仕方に変化が起きたと云うか、何かの能力がどんどんと進んできているような気がしてきた。

 

脳内で何かが起こっていることに、まず間違いはない。

 

例えば、何かのきっかけで内なる情熱に火がついたとしても、3日もすれば鎮火していて火種さえ残っていなかったり、今聞いたばかりの話だって、3歩あるいけば何も無かったようにすっかりと忘れてしまうことだって出来るようになった・・・良く、手放せていると思う。

     

あっ!!これって、もしかして

 

 

 

 

 

鳥・脳・力??

 

 

 

 

 

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2011年

2月

06日

夢を見た。

 

小学校時代の友人数人と、どこかから帰って来る途中の電車の中。

本当に仲が良かった男の子たちと、秘かに恋心を抱いていた女の子たち。

中には、40年振りの再会になる子もいたが、とにかくぼくは、そこにいるみんなのことが大好きだった。

 

実はここのところずっと、自分自身も、また自分の周囲に於いても様々な困難に直面している為に不安や緊張に苛まれことが多く、なかなか心を落ち付けて過ごすと云う時間を持つことが出来なかった。

しかし今朝、夢から覚めた後は、平和で穏やかで、本当に幸せな気持ちで満たされていた。

こんな平穏を感じることが出来たのはいったいいつ以来だろう・・・もう、随分と遠いことのような気がする。

 

彼、彼女らの容姿はおおよそ当時のままだったが、気持と云うか精神的な面では現在の年齢なのだろう。

みんなに、今、どこに住んでいるのかと尋ねると、全員が子供時代に住んでいたところ、もしくはそこからすぐそばのところに住んでいると言っていた。

ぼく以外のみんなは、ずっと交流があったようだが、今日からまた、ぼくもみんなに会うことが出来るのだと思うと嬉しくてたまらなかった。

 

夢の象徴を解釈することは可能である。

カバリストにとって自分の夢が解釈出来ないと云うことは、心理的側面の未発達を意味し、暗黒の中で生きていることを意味する。

この夢の場合、女の子たちはぼくにとってのアニマであろうし、男の子達は(通常、同世代の同性はトリックスターであったり、またシャドウそのものを表すのだが)、ぼく自身の自己(セルフ)の一部であると解釈して良いと思う。

そしてこの夢が、自分にとって計り知れないほど大きな意味を持つことも十分に理解しているつもりだ。

 

しかしながら、そんなことはどうでも良いことなのである。

大切なことは、今、ここで自分が感じているこの気持ちである。

こころの底からやってくる、平穏と幸福と感謝の気持ちである。

達観も出来ていないし感情に振り回されてしまう、まだまだ暗黒の中に生き続ける情けない人間かもしれないが、それでもこういったことを感じられるのは恐らく人間だけなのであろうし、その人間としての自分を素晴らしいとも思う。

 

ただ、ひとつだけ彼、彼女らに本当に申し訳ないことをしたと思う。

それは、彼、彼女らが、実はずっとぼくのすぐそばにいて、恐らくぼくに気付いてもらおうとずっとぼくのことを呼び続けていたであろうに、ぼくは彼、彼女らのことをすっかりと忘れてしまい、呼びかけにすら気が付くことが出来なかったのだ。

それを思うと、情けないやら悔しいやら、そしてこころの底からの「ごめんね」と云う気持ちで涙が溢れてくる。

 

でも本当に、みんなと再会できて良かった。

ぼくはもう大丈夫。みんながそばにいてくれるから。本当にどうもありがとう。

このブログはね、みんなへの感謝の気持ちとして書いたもの。

この気持ちをどうしても、忘れないうちに書き留めておきたっかたんだけど、その千分の一も伝えられていない自分の文才が、残念で残念で・・・

 

まだ、涙が止まらない・・・(笑)

 

 

 

 

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2011年

1月

17日

人生を変えるほど影響を受けた出来事    音楽編 第1回

 私と云う人間を理解してもらうには、プロフィールのページだけでは不十分であると考え、自分の生き方や考え方に決定的な影響を与えた出来事について、気が向くままにブログの方にも書いてみようと思った次第。

 セションを受けようかなと思っても、相手がどんな人間かわからないとやっぱりく不安だものねぇ・・・でも、かえってこんな人のセションを受けたくないって思われたらどうしよう・・・

 

 とにかく、今日はその音楽編。では、始まり、始まり~っ!

 

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 ビートルズとの出会いが、その後の人生の方向付けをしたと言っても過言ではない。

 定かではないが恐らく、幼稚園に通い出した頃からピアノを習い始めたように記憶している。父親が良く音楽を聴いていた影響か、自分も音楽が本当に好きでたまらなかったが、それと同じくらいピアノを弾くことも好きになった。子供ながらに、将来はクラッシクのピアニストになりたいと思い、毎日一生懸命(?)練習したのだが、思い返してみればそれは、ピアノの先生が鬼のように怖い女の先生で、怒られるのを本能的に回避するためだったからかも知れない。そんなピアノのレッスンに明け暮れる日々を送っていた頃(って、実際はそんなに大したものは無いのだが)、確か小学校3年生くらいの時、テレビのCMから衝撃的な音楽が流れてきた。ステレオのCMだったが、そこで流れていた音楽はそれまで自分が聴いてきた形式美を尊重する音楽とは全く異質なもので、子供心に「こんなに美しく、やるせなく、それでいて自由な音楽があったのかぁ・・・」と脳天唐竹割りを喰らったようなショックを受け、暫し呆然とテレビの前に立ち尽くしていた。ブラウン管の中では、髭面の外人のおっさんが4本しか弦の無いヴァイオリンのようなギターを持って「エルビー、エルビーイ-、エルビー、イェー、エルビー、じゃぁ、売るべぇ、あんさん、エルビー」と、当時売っていたヤクルトのような乳酸菌飲料である「エルビー」の販売促進のための歌をうたっていた。映像の右下隅の方には小さく文字が出ていて、そこには「唄と演奏:ビートルズ」と書かれていた。そこで、この「エルビー」の販促歌をうたっている輩たちは「ビートルズ」と名乗っていることを知ったのである。CMが終わると急いでピアノに向かって走って行き(って、部屋は二間しかないので数秒で到着するのだが)、記憶が消えうせる前に何とか自分でその曲を再現してみた。「エルビー、エルビー」と大声で叫びながら。何かものすごい陶酔感があって、涙が出てきたことを憶えている。

 その年の誕生日、母親にどうしてもビートルズのレコードが欲しいと拝み倒して、近所の商店街にある「トラ屋」と云ううらぶれたレコード屋に行った。店番をしていたハゲちゃびんのおじさんに、「ビートルズのエルビーって曲をください!」って大きな声で言ったら、「そんな曲は知らないなぁ」と言われ憮然とする。それでもおじさんは、客が来たぞとばかりに商売魂に火を付け、店にあるビートルズのレコードのA面の1曲目を片っ端からかけてくれた。しかしお目当ての曲はなかなか見つからず、焦燥感と苛立ちと、少し悲しい思いに包まれそうになったその瞬間、「キャンバミーラーアー、ラーアー、キャンバミーラーアー」と、当時としては信じられないくらいにやかましい音楽が鳴り始めた。と同時に、自分の中で静かに身を潜めていた何かが、言いようのないものすごい衝動とともにムクムクと起き上がって来るのを感じた。それはまるで、クンダリーニが上昇する時の感覚にも似たものであった(って、小学生がクンダリーニなんて知る由もないのだが)。自分の中で確かに何かが弾け飛んだ瞬間であった。これが、ロックとの邂逅物語である。勿論、買うのはそのレコードに即決。レコード屋のおじさんも落とし所が見つかったと一安心。二人とも笑顔で別れを告げたのであった。以降私は、クラッシクを忘れ、ひたすらロックの道を突き進むことになるのである。

 因みにそのレコードは「ヘイ・ジュード」と云う、日本編集のアルバムであった。

 

 あっ、それからテレビから流れてきた曲が、「レット・イット・ビー」と云う曲で、同名タイトルのアルバムのA面6曲目に収録されていること、そしてその曲が「エルビー」の販促歌では無いことを知ったのは、それから5ヶ月後のクリスマスの日であった。

 

 

 

 

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2011年

1月

15日

いるべき場所、すべきこと

 カバラを修学する者として、宇宙創成と云うテーマにはやっぱり非常に興味を持っています。それで、この間も、そんなテーマのTVプログラムを見ていたんですけどその時に、アメリカだかイギリスだかの宇宙物理学者がこんなことを言ってたんですね、一字一句正確ではないですけど。

 「人間は原子によって構成されています。この原子は、ビッグバンにより生成され、宇宙の全ての構成要素となりました。つまり人間は、宇宙そのもではありませんが、宇宙の一部であり自らの体内に宇宙を宿しているのです。」

 この話を聞いて、すぐにあること思い出したんです。それは、 「神は自らの栄光を、カヴォドと呼ばれる預言者や神秘家だけが認知できる聖なる火、聖なる光に変えたのだが、これは創造主そのもではなく、最初に創造されたもの、即ちシェヒナーとして理解されているものである。シェヒナーとは、ヘブライ語で内在を意味し、神の現前、つまり世界と人間の内部に於ける神の聖なる臨在を示すもである。そして全ての人間は、自らの内にこのシェヒナーを宿しているのである。」と云う、カバラの教えです。

 カバラ修学者としては非常に残念なことなのですが、私はまだ、自分の内に原子もシェヒナーも見ることはできないし感じることすらできないでいます。ましてや、宇宙や神との一体感なんて得られるはずもなく・・・でも実は、過去に遡れば全く無かったわけではないのですが・・・このことはそのうちお話しするとして・・・ただ、この宇宙物理学者の話を聞いた時に、原子とシェヒナーが万物の構成委要素であり、それ故人間も宇宙と創造主の構成要素であるということができるならば、それぞれの原子が構成する物質の中で、元素周期表で表わされているような、位置と役割を与えられているように、それぞれの人間もまた宇宙や神の中にあって、いるべき場所とすべきことがあるのだと確信を強めたのでした。勿論、このような教えはカバラの教義の中にも存在しますが、現代の宇宙物理学者と2000年近くも昔のユダヤ神秘主義者が同じことを言っているのだと云うことに、少なからず感慨深いものを覚えたことは事実です。

 現代に生きる私たちの多くはこのようなことを知る術も無く、それ故自分の本来いるべき場所やすべきことが分からずに、人生の中でもがき苦しんだりしているのではないかと社会に対して勝手な自己投影をしながらも、カバラとは、自分の本来の立ち位置と到達点を明らかにし、そういった人たち全て、つまり私たちアダムの子孫全てに救いの手を差し伸べてくれる大天使ラツィエルからの素晴らしい贈り物であり、私たちはその贈り物をただ受け取りさえすれば良いのだと云うことを、改めて実感させられたのでした。思い出してください。カバラには「伝統」と云う意味の他に、「受け取る」と云う意味も含まれているのです。

 

 こんなことを考えていた矢先、ある人からメールが送られてきました。そこには、あいだみつをさんの言葉が書かれていました。

 「トマトはトマトである限り本物。トマトをメロンに見せようとするから偽物となる。」

 

 

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