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✡新規イベント準備中です
  今暫くお待ちください  
 
日程 : 未 定
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未 定  
 
 
「カバラ入門1日コース」
 
カバラの誕生から現在に至るまでの歴史的変遷、及び“トレドの伝統カバラ”の基本的概念を学びます。
また今回は特別に「ユダヤ人大富豪の教え」と題して、私が直接ユダヤ人のとある大富豪より伝えられた「秘密」もお伝えする予定です。
 
 
日程 : 2013年12月29日(日)
時間 : 11:00~18:00
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : \8000.-
 
※講座終了後イスラエル料理店にて懇親会を予定(任意参加)
 
 
 
 
 
 
第一期:「エノクの会」開催要綱
 
※「エノクの会」に於けるカバラの学習内容は、マギー・ホワイトヘッド女史の「トータル・カバラ・コース」の解説から、シモン・ハレヴィ師の著述及び講演会、ワークショップの解説を中心としたものに変更致しました。
 
日程 : 調整中
時間 : 調整中
場所 : JR目黒駅近くのサロン
会費 : 未定
 
 
 
 

 

 
 
 
 
カバラ : 生命の木
        生命の木

     山蔭神道家第79代宗家 山蔭基央太主 プロフィール

 山蔭基央太主
 山蔭基央太主

 山蔭基央管長は、現存の神道行法実践家のうちでも、実践指導と著述宣伝活動の両面に於いて一般的知名度のとても高い古神道家でいらっしゃいます。

 

  

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 以下、津城寛文著『鎮魂行法論』よりの抜粋です。

 

【山蔭神道】

 山蔭神道とは、古伝によれば、大己貴神と少名彦神、二神の伝えた古神道と言い、また「山蔭」の「山」は天皇を意味し「蔭」は侍すること意味し、天皇の蔭となって天皇の意志を宇内に行うことを祈る役目をかつて負っていたものであるという。その紋章は、菊花紋を左右対称の枝葉が丸く多い包む意匠になっており、皇室庇護の意味を主張していることが、一見して明らかである。

 特長ある教団活動として、1ヶ月の泊まり込み修行を指導する活動を続けている。また、昭和50年には、フランス文化省後援による「人間性回復道場」に神道教授を派遣したことをきっかけに海外布教が始まり、ヨーロッパ各地で研修活動が行われ、昭和55年にはオランダ支部が設置されるに至っている。

 

【山蔭基央管長】

 大正14年、岡山県の生まれで、父は無益の殺生を戒める信仰家であったとい

う。皇典考究所(現在の国学院大学)に学ぶが、昭和19年、肺結核をわずらい臨死状態にまで陥いる。ところがその数日後、知り合いの産土神社の老宮司がやって来て、「昨夜の夢枕に神様が現れて、私の老骨の生命と引き替えに助けてくださるとのお言葉。謹んでお伝え申し上げます。」と言ったという。老宮司のに言われるままに病床から起きて坐り直すと、気合を掛けられその後奇跡的な快方にむかったが、その老宮司は翌年、神様の言葉通り入れ替わるようにして死去した。

 老宮司の言いつけに従って、昭和19年に初めて小豆島巡礼に出かけて、その後度々同地を巡拝するようになる。その中で、九字を切って盲目を癒すという経験などを経て、次第に神様の実在を実感し始める。

 昭和20年暮れに、岡山県都窪郡の御崎神社の奥宮に修行の機会を与えられ、仲間たちと住み込みながらの修業。ここで、山蔭家第78代・中山忠徳氏に出会い、それを機に昭和21年に養子となり、以来養父の死去までの10年ほど、山蔭神道の伝承者たるべく更に指導を受ける。

 その間の昭和25年、中山忠徳の勘気に触れてそのもとを離れ、数年間、関西各地を転々とする生活が続く。最終的には福知山で生命保険会社の支部長にまでなるが、昭和28年、忠徳から「天文を見ると凶兆が出ているから、6月5日限りで福知山の家を出るように」という内容の手紙を受け取り、急遽大阪に引っ越す。その後数日ならずして福知山は水害に見舞われ、更に9月には、大洪水に見舞われたという。こうした経験を経て、信仰が深まっていったようである。

 昭和31年「天社山蔭神道愛信会」設立とともに、山蔭基央先生がその主幹に就く。基央先生により、山蔭家の戸籍を興し山蔭神道の名に一元化した1年後、中山忠徳氏は死去した。その後、修行中に聞いた「天皇修行の最終過程が国民の経済生活をいかにして豊かにあらしめるかを考えるにあり」という言葉から示唆を受けて、昭和35年、亜細亜大学に入学して近代経済を学んだ。以降、著述宣伝活動を盛んに行い、内外文化人との交友関係を広げ、古神道系の新宗教教団の主催者としての知名度を高めている。

 尚、教団名が現在の「山蔭神道」に改称されたのは、昭和41年のことである。

 

       山蔭基央管長 著作集 (最近の著作)